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「株式投資より経験投資」という言葉に、私が小さな違和感を抱く理由

家計・お金

「若いうちは株なんて買うな」「お金があるなら経験や自己投資に回すべき」

SNSやビジネス書でよく見かけるこの言葉。かつての私は「なるほど?」と納得しかけていました。同時に、「自己投資と言われても、具体的に何をすればいいの?」と置いていかれるような焦りを感じていました。

結婚して家庭での役割を持った今、「株式投資vs自己投資」という構図への違和感は、ますます大きくなっています。

私たちはいつの間にか、「将来のためにお金を貯めること」と「今しかできない経験をすること」を、どちらか一方しか選べない対立構造のように捉えてはいないでしょうか。

でも、本当はどちらも諦める必要なんてなかったのです。 大金を投じて「非日常」を買いに行くことだけが投資ではない。そう気づいた時から、私の投資観はもっと静かで、納得感のあるものに変わりました。

地味で、それでいてとても欲張りな「今の生活を資産に変える考え方」について、私の試行錯誤をお話しします。

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経験投資の正体は「お金」ではなく「時間と労力」

以前の私は「投資=お金を払うこと」だと単純に考えていました。

しかし、生活の基盤を整えるフェーズに入って痛感しているのは、リソースの希少性です。

独身時代・学生時代は、今と比べて自分の時間がたくさんあり、自分のお金をどこに使うかだけを考えれば済みました。

でも今は、お金以上に「時間」と「労力」をどこに投じるかが死活問題です。

日々の生活を回し、仕事をこなし、家計を守る。子どもを持てば、もっと状況はシビアになります。

その限られた「自分の持ち時間」を削ってまで行う投資には、相当な覚悟とリターンが求められます。

「お金を払って経験を買う」のは、ある種、一番簡単な投資かもしれません。

本当に難しいのは、その経験を自分の血肉にするために、どれだけの「時間とエネルギー」を注げるか。

そこに自覚がないまま「経験投資」という言葉に踊らされると、ただ忙しいだけで何も残らないリスクがあると感じています。

「納得感」がない投資は、ただの浪費になる

ここで、私の苦い経験をお話しさせてください。

かつて親の勧めもあり、ある資格取得のために予備校に通っていた時のことです。

頭では「この資格を取るのが合理的だ」と理解していました。自分なりに勉強も頑張っているつもりでした。

けれど、進めば進むほど「本当にこれでいいのだろうか?」という迷いが膨らんでいったのです。

自分の心からの意志が伴わないまま、無理にリソースを注ぎ続けた結果、コロナ禍のストレスも重なり、ついに体調を崩してしまいました。

この経験から学んだのは、「自分の納得感がないまま、世間の正解に合わせてエネルギーを注いでも、資産にはならない」ということです。

今は、ままならない体調や家庭の中での「役割」もあり、独身時代のように自分勝手に動けるわけではありません。

だからこそ、限られた自分の時間と体力をどこに投じるかには、かつてないほど慎重になります。

「高価な経験」を積むことよりも、自分の心と体が「これだ」と思える場所に根を張ること。

それが、今の私が一番大切にしている投資の基準です。

「仕事そのもの」が最強の経験投資かもしれない

予備校時代に目にした、仕事と勉強の両立に悩む社会人の方々。私自身も「非日常の学び」に飛び込んで体調を崩した経験から、今はもっと「日常の延長線上」にある学びを大切にしています。

もちろん、大学生のように自由な時間があれば、パッと留学したり予備校に入ったりするのも素敵な選択です。でも、役割がある今の私には、別の「賢いルート」が合っていると感じています。

例えば、私の夫のケースです。

夫は転職時、「業務に必要だから」ということで会社負担で3つの資格を取得しました。講習を受けて試験を受ければ基本的に合格できるものでしたが、取得後は「資格手当」で給料が上がり、どこでも役立つ国家資格でした。

こうした「会社のリソースを賢く使った、コスパの良い投資」は、社会人ならではの特権です。

一方で、私自身の在宅ワークも同じです。

わざわざ高いスクールに通わなくても、実務の中で新しいツールを試したり、副業として小さく始めて報酬をもらいながらスキルを磨いたり。

「留学」のような非日常に飛び込むことだけが経験投資ではありません。

今の生活という基盤を守りながら、目の前の仕事や環境を最大限に活用して、自分の市場価値を更新し続ける。

派手さはないけれど、この「働きながら学ぶ」スタイルの圧倒的な効率の良さこそが、今の私にとって一番「筋の良い」投資の形なのだと思っています。

もし、今のあなたが「何か始めなきゃ」と焦っているのなら、まずは自分の「今の仕事」の中で、会社のお金で取れる資格や、まだ使い切れていない福利厚生がないか調べてみることから始めてみませんか?

遠くの正解を探しに行く前に、足元にあるリソースを自分の武器に変えていく。そんな小さな「納得感」の積み重ねこそが、今の私たちが一番無理なく自分を磨ける方法なのだと信じています。

「高価な体験」よりも大切なこと

「若いうちに経験を」という言葉は、時として子育てや教育の場でもプレッシャーになります。でも、私の幼少期を振り返ると、必ずしも「お金をかけた特別な体験」が重要だったわけではありません。

私の実家は、海外旅行へ行くような家庭ではありませんでした。その代わり、近場の旅行や外遊び、友達とのゲームといった、ごく普通の日常が豊かにありました。

特に印象に残っているのは、幼い頃に買ってもらった「図鑑」です。

ページをめくるうちに虫や植物に詳しくなり、園で褒められたことが、私の自己肯定感や知識欲の原点になりました。

一方で、私の夫は塾に通ったことがきっかけで、逆に勉強が嫌いになってしまったと言います。

この対照的な経験から思うのは、「教育への投資」もまた、本人の主体性がなければ逆効果になりかねないということです。

  • 勉強が得意な子: 自分で方法を見つけ、独学で進む力が備わっている。
  • 勉強が苦手な子: 強制的な環境(塾など)で、ますます苦手意識が強まることもある。

「将来のため」と無理に教育費を投じて、肝心の大学進学費用が足りなくなってしまえば本末転倒です。

留学や塾といった「分かりやすい投資」に大金を投じることだけが正解ではない。

目の前の図鑑一冊、あるいは日々の外遊びの中から、本人が「自ら学び、楽しむ力」を育むこと。それこそが、将来のどんな投資よりも確実な資産になるのではないでしょうか。

大人になった今の私にとっての「図鑑」

幼少期の私にとっての「図鑑」がそうだったように、大人になった今も、身近なところで自分をアップデートできる手段はたくさんあります。

日常生活に追われていると、どうしても視野が狭くなり、価値観が凝り固まってしまいがちです。そんな時、私は本を読んでいます。読書は図書館や古本を活用することで、無料〜低価格でできる最強の自己投資だと感じています。

また、今の時代ならではの「無料や低コストで良質な学び」も活用しています。

  • YouTubeでの学び: 私が新NISAを始めるきっかけもYouTubeでした。今は簿記やFPなどの資格講座まで無料で配信されていて、高い予備校に通わなくても「知りたい」と思ったその瞬間から学び始められます。
  • 音声学習(Audibleなど): 掃除や料理で手を動かしながらでも、耳から新しい知識を吸収できるのは、役割がある今の生活にぴったりです。
  • AIとの対話: 私は健康上の課題があるのですが、AIに生活のアドバイスをもらったり、考えを整理したりするのにも活用しています。意外な視点を提供してくれることもありますよ。

これらに共通しているのは、自分のペースで、無理なく今の生活に組み込めること。

大きな出費をして「何か特別な経験」をしに行かなくても、日々の生活の中で純粋な好奇心に従って「へぇ、そうなんだ!」と楽しむ。そんな知的な積み重ねが、日常の解像度を上げ、自分を支える確かな資産になっていくのだと感じています。

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旅行や贅沢は「投資」ではなく、人生の配当を生むもの

もう一つ、自分の中で整理がついたことがあります。

それは、旅行や楽しい経験を無理に「経験投資」という言葉で括らなくていい、ということです。

世間ではよく「若いうちの経験は投資だ」と言われますが、私はそれを無理に「将来の役に立つもの」と定義しなくてもいいな、と感じています。

むしろ、それは人生を彩るための「質の高い支出」。 『DIE WITH ZERO』で語られる「思い出の配当」という考え方が、一番しっくりきます。

家族と一緒にどこかへ行ったり、美味しいものを食べたり。

それは資産運用のように数字が増えるものではありませんが、数年後に「あの時は楽しかったね」と思い出すたびに、喜びをくれる。その「思い出す喜び」こそが、人生における大切な配当なのだと思います。

そして、この「配当」を最大化するために、私は住信SBIネット銀行の「目的別口座」を活用しています。

あらかじめ「レジャー資金」として出口を明確に分けておく。そうすることで、いざ経験の場に立ったときに「これを使って将来困らないかな?」という雑念に邪魔されず、自分の時間とエネルギーをその瞬間に100%注ぎ込めるようになりました。

お金の不安を仕組みで片付けて、心置きなく人生を味わう。 それは資産運用とは別次元の、人生の幸福度を底上げするための大切なメンテナンスなのだと感じています。

家計の「安全柵」を壊さない範囲で、納得してお金を使う。

それは、将来のためというよりは、人生の幸福度を底上げするための大切なメンテナンスのようなものです。

「これは投資になるか?」と理屈で考えるのをやめて、純粋に「思い出の配当」を積み上げる。そんなスタンスが、今の私には心地よいと感じています。

「お金か経験か」の二択はやめる。家計を守りながら自分を更新し続ける、私の「欲張りな」投資観

結局のところ、資産運用(お金の投資)と自己投資(経験投資)は、無理にどちらかを選ばなければならない「対立構造」ではないのだと思います。

資産運用にはお金が必要ですが、自分を豊かにする「経験」には、必ずしも大金が必要なわけではないからです。

最初にお話しした「仕事こそが最強の自己投資」という考え方なら、大金を費やすどころか、むしろお金をもらいながら自己投資ができていることになります。

そして、一冊の紙の本を深く読み込み、YouTubeで新しい知識を仕入れ、AIとの対話で自分を整える。こうした「日常のアップデート」は、お小遣いや無料のリソース、そして自分の「好奇心」さえあれば、今の生活を守りながらいくらでも積み上げられます。

また、先ほどの「思い出の配当」も、目的別口座の活用などで家計の中でやりくりすれば十分楽しめます。

お金は淡々と運用に回し、自分の好奇心や時間、労力は目の前の日常に注ぐ。その両立こそが、一番欲張りで、一番心地よい答えなのだと気づきました。

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まとめ|自分だけの「納得感」を大切に

「教育」も「経験」も、本人の主体性がなければ逆効果になりかねません。無理に教育費を投じて将来の生活を脅かしたり、焦りから「自分に合わない投資」に大金を投じてしまったりするのは、本末転倒です。

結局のところ、資産運用(お金の投資)と自己投資(経験投資)は、無理にどちらかを選ばなければならない「対立構造」ではありませんでした。

資産運用でお金は淡々と積み立てつつ、自分の好奇心や時間、労力は目の前の日常に注ぐ。 もし、今のあなたが「何か始めなきゃ」と焦っているのなら、まずは自分の「今の仕事」の中に眠っているチャンスや、一冊の本、無料の動画講座といった身近なリソースに目を向けてみてください。

遠くの正解を探しに行く前に、足元にあるものを自分の「資産」に変えていく。 そんな風に、今の生活を大切にしながら自分を更新し続けることこそが、一番欲張りで、一番心地よい答えなのだと思っています。

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